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TB-1 (航空機・ソビエト連邦) : ウィキペディア日本語版
TB-1 (航空機・ソビエト連邦)

ツポレフ TB-1〔The abbreviation ''TB'' はロシア語で「重爆撃機」を表す ”Тяжёлый бомбардировщик” の省略形である。〕 (開発名称ANT-4)はソビエト連邦の重爆撃機である。長年に渡ってソ連爆撃機戦力の主力として運用された単葉機であり、ソ連で最初に製造された全金属製航空機だった。
==設計と開発==
1924年にソ連空軍はTsAGI (Центра́льный аэрогидродинами́ческий институ́т (ЦАГИ) – 中央航空流体力学研究所) に重爆撃機の設計を命じた。TsAGIはアンドレイ・ツポレフの率いる部門にその課題を担当させた。〔Gunston 1995, p.381.〕 ツポレフのチームはジュラルミン波板外板―これはフーゴー・ユンカースユンカース D.Iが先駆者となった全金属製航空機の設計技術を利用するためのツポレフの先行研究に基づいていた―を用い、2つのネイピア ライオンエンジンを搭載した双発の全金属製単葉機 ANT-4を設計した。〔Duffy and Kandalov 1996, p.36.〕
最初の試作機は1925年にモスクワにあったツポレフの工場の2階で製作されたため、試作機を分解して運び出すために際に建物の壁を取り壊す必要が生じた。モスクワにあるホディンカ飛行場での再組立ての後、ANT-4は1925年11月26日に初飛行した。〔Duffy and Kandalov 1996, p.36-7.〕
ANT-4の試験は成功を収め、TB-1として生産に移されることが決定された。しかし生産遅延した。これはアルミニウムの不足と、高価な輸入品のライオンエンジンの代替を見つける必要があったためだった。代替エンジンにはBMW VI、後にソ連による同エンジンのライセンス生産型のミクーリン M-17が用いられた。生産は最終的に1929年にモスクワのフィーリの元ユンカース社の工場で始められ、生産が終了する1932年までに、2機の試作機に続いて216機が生産された。〔Gunston 1995, pp.381–383.〕〔Duffy and Kandalov 1996, p.222.〕
降着装置に車輪を装備した型とフロートを装備した型の両方が生産された(ANT-4水上機は合計で66機が生産された)。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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